プロフィール

「Pep Talk」を広める

ペップトーカー


岩埼由純(いわさき よしずみ)
World Athlete Club Academy 講師
全米アスレティック・トレーナーズ協会ATC
日本体育協会公認アスレティックトレーナー
1959年10月10日生まれ
山口県出身



 





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アスレティックトレーナーから「Pep Talk」を広めるペップトーカーへ

30年間アスリートを陰から支え続けたアスレティックトレーナーという立場から、アスリートのためにアメリカ時代に学んできた「Pep Talk」を広める活動を始めたその想いを語っていただきました。

Q1:アスレティックトレーナーになろうと思ったきっかけは?
岩崎さん:中学時代は、陸上部。高校時代も陸上部で、走り幅跳び、三段跳びなどをやっていました。中学時代に陸上部でリレーの練習中にケガをしたとき、テーピングをしてもらったら走ることができました。その時に、テーピングの重要性を知ったことがきっかけだったと思います。実際には大学からトレーナーの勉強を始めました。当時の大学では日本体育大学等にしかテーピングの授業がありませんでしたし、日体大はトレーナーに対して前向きな姿勢を取っていて、陸上部の中にトレーナーチームがありました。だから、日体大を選びました。
 
Q2:日体大に入ってからがトレーナー人生のスタートとなったわけですね
岩崎さん:そうですね。実際に私が入学した時が、日本体育大学に「健志台」という合宿所ができた1年目でした。そして、私の部屋の向かいの部屋が陸上部のトレーナールームでした。それに、4年生の先輩には現在トレーナー界では知らない人は誰もいないという「白石先生」がいました。私にとって、ターニングポイントは大学1年生の時に白石先生と出会ったことです。白石先生はその当時、陸上部にトレーナーチームを作ったばかりで、丁度活動を始めたところでしたので、すごく勉強になったのを覚えています。また、当時は日本チャンピオンクラスの選手がたくさんいたのも良い経験になりましたね。さらに、全日本チームのアメリカ合宿に毎年私もくっついて行って、そうそうたる選手たちの治療をし、アメリカのトップ選手にも出会ったのも大きな経験になったと思います。
 
Q3:日体大でトレーナーをやっていたときに一番心に残っていることは?
岩崎さん:大学3年生のアメリカ合宿に行ったときのエピソードですが、後輩の仕事ということで雑用を任せて、選手のトレーニング方法についていろいろと議論していた時のことです。当時は縦社会でしたので、先輩の自分が雑用をしてしまうと後輩が気を使うと思ってわざとやらなかったのですが、その時に社会人のある日本人女性トレーナーにいきなりめちゃくちゃ怒られて、「後輩が雑用をしているのに、なんであんたは学生なのに偉そうにしているの? あんたなんか絶対にトレーナーになれない!」と、怒鳴られました。びっくりしてその夜に倒れて、結局は胃に穴があいて2週間入院しました。私は当時から、「トレーナーになりたい」という気持ちが人一倍強かったと思いますし、誰よりもトレーナーという仕事を愛していて、勉強も頑張っていたので、そのように思われていたことのショックが大きかったのだと思います。それからは、自分が後輩に対して態度で示すようになりました。例えば、朝は誰よりも早く現場に行く、絶対に労を惜しまない、皆が嫌がる仕事を積極的にやるように変化しました。
 
Q4:日体大ご卒業後はアメリカの大学に留学されたようですが、何かきっかけがあったのですか?
岩崎さん:日本体育大学に入学した当初から、卒業後はアメリカの大学に留学してトレーナーの勉強をすると決めていました。ですから、その時代は朝6時から英語の勉強をしていましたし、アメリカの陸上雑誌を取り寄せて勉強していました。もちろん「将来トレーナーとして生きていく」と決断していていたからです。両親にも反対はされませんでした。大学生の時から2月と3月は毎年アメリカで合宿に行っていましたし、4年生の夏にはアルバイト代と両親の援助でアメリカの「スポーツフェスティバル」という大会にも参加しました。その時の経験もものすごく良かったですし、信じられないくらい人との出会いがあり、有名選手の無名時代を見ることができました。大学4年生の教育実習の時には、「学校の先生になれ」と周りから言われていましたが、教育実習が終わった翌日にはアメリカへ飛び立っていました。

 

 
 
Q5:アメリカに留学してギャップを感じた点はありましたか?
岩崎さん:日本でトレーナーとして厳しく育てられたと思っていましたが、実際にアメリカに行ってみると、アメリカのスポーツ界は実力主義がハッキリと存在することを思い知らされました。アメリカでは、実力がある人しかスポーツ界での存在が許されず、しかも学生なら学業も完璧にできないとダメ。年齢は一切関係なく、大学4年生であっても、テストで赤点をとるようでは誰からもリスペクトされません。アメリカでは、人としてリスペクトされるかどうかが重要です。よく英語には敬語が無いといいますが、実際はあると思います。コーチといくら親しくなってもファーストネームで呼ぶことはできないですし、それは大学内だけでなく町に出ても同じです。それだけの地位がありますし、アメリカで大学スポーツのコーチと言えば、地元の誰からも愛され、尊敬されています。中には例外もありますが(笑)。その中で、トレーナーはスポーツ界の底辺でサポートする存在でした。コーチがいて、アシスタントコーチがいて、その他のスタッフがいて、選手がいて、その下にトレーナーがいます。逆に言うと、アメリカでは誰が偉いかが、見た目だけではわかりません。日本なら、年齢だけで上下関係がすぐにはっきりしますし、態度や言葉使いを見ていれば、どちらが先輩でどちらが後輩かは、一目瞭然です。そういう意味では、アメリカではノー天気な態度を取ることはできません。これが、僕が一番感じたアメリカと日本の違いです。

Q6:留学以降はどのような道を歩まれたのですか?
岩崎さん:留学をしたのはニューヨーク州にある、シラキュース大学の大学院でアスレティックトレーニングを学んだ後、1984年5月~1985年5月にかけてオリンピックセンターでプラクティカルトレーニングをやらせていただきました。帰国しようと思った時に、アメフトのフィラデルフィア・イーグルスにスカウトしていただいたので、6月からの3カ月間でビザを特別に取っていただいてトレーナーをやらせていただきました。帰国後、すぐに白石先生の会社に所属し、テーピングやアスレティックトレーニングを日本や韓国に普及する活動を始めました。その後、日本リーグで全チームに心肺蘇生法ができるスタッフをおくこと、試合には必ずドクターを配置することがルールとして決まり、当時のNEC女子バレーボールチームに私の知っている方がいたことで紹介され、以後23年間NECレッドロケッツの一員としてベンチにいることができました。恐らくバレーボール界全体で試合のベンチに座っていた時間が一番長いと思いますし、たぶん一番古いスタッフだと思いますよ。そして、現在は今まで多くの感動をシェアしてきたアスリートのために、留学時代に目の当たりにして勉強してきた「Pep Talk」というものを広める活動をしています。同時に、昔の私に比べて知識の多い若いトレーナー達のために技術を教える活動もしています。

Q7:トレーナーとして、アスリートを支えつづけるモチベーションはどこにあるのですか?
岩崎さん:やはり私が頑張れるのは、選手が頑張っているからです。よく、「そんなに朝早くからトレーナーをやってすごいですね」、と言われますが、トップアスリートは6時にはもう走っています。そういう状況の中で、私はうかうかと寝てることができません。頑張っている選手がいるからこそ、トレーナーが必要だと思います。「ずっとスポーツに関わっていたい」という想いはありますが、やはり選手と感動をシェアできることが一番だと思います。ですから、私はトレーナーとして選手の気持ちや感動話を多くの方々にお伝えできればと思っております。スポーツ選手の努力を、トレーナーの立場から伝えて行きたいとも思います。

Q8:アスリートのために始めた「Pep Talk」とは?
岩崎さん:「Pep Talk」は団体スポーツでは多く見られるシーンですが、試合前や大事な練習の前などに監督やコーチといった指導者が選手達に向けて行うショートスピーチのことです。日本でももちろん試合直前のミーティングは昔から行われておりますが、私がアメリカで見てきたそれは今までのものとは全く違ったものでした。アメリカのコーチは大学・大学院で学位を取らないといけません。大学で学位をとるというそれだけの社会的な地位がないとスポーツ指導者になれません。指導者みんながしっかりとした選手指導のための勉強を終えてきているので、「Pep Talk」に必要とされるスポーツ、教育といった様々な心理学を元に、しゃべる技術があって行われていました。シチュエーションは同じですが、日本の様なやり方とは全く違ったものでした。そして、私はそれを現代のアスリートがコミュニケーション能力を高める、または発揮するためのツールとして広く伝えていこうと思ったんです。激励するためのテクニックを学んだ多くのアスリートが日本を元気にし、アスリートが一生アスリートとしてプレイしていた時代とはまた違った形で輝き続けていってもらいたいと思っているんです。
 

Q9:確かにアスリートが現役を終えた後の環境はアメリカとは大きく違いますが、そのためには何が必要ですか?
岩崎さん:私がいつも講演で言っているのは、「アメリカ人は勝つためにズルをするけど、日本人はズルするためにズルをする」ということです。日本では、スポーツ選手だからといっても、お酒の誘いをなかなか断ることができません。しかし、私が見てきたアメリカで有名なスポーツ選手がお酒を飲んでいるのを見たことがありません。それだけ、本人の意識が高いということです。アメリカは自由の国ですし、本人が望めば何でも食べられますし、何を飲んでも自由です。だから、スポーツ選手がズルをしようと思えばいくらでも可能なわけです。しかし、その究極な自由の中でも、ヘルシーな食事を食べて体型を維持し、トレーニングで自分をストイックに追い込むことができるのは、すばらしく意識が高いということです。日本ではそのレベルの自覚がある選手はごく一部ですし、彼らは実際世界のトップレベルの選手です。そういう選手は、自らスポーツ科学を学び、栄養を学び、高い意識を持って毎日を生活しています。アスリート自身の意識の高さが求められてくると思います。

Q10:今の目標は?
岩崎さん:私はトレーナーとして30年間指導してきましたので、これからトレーナーを目指していく後輩達には30年間の経験・ノウハウ・スキル・ものの見方や考え方を、伝えていきたいですね。それによって、日本に私よりもっとよいトレーナーを生み出したいと思いますし、自分のように苦労しなくても良い環境にしていきたいと考えています。また、アスリートのために必ず役に立つであろう「Pep Talk」を広めていきたいと思っています。

Q11:最後に若者への応援メッセージをお願い致します
岩崎さん:一言で言うと「出ろ!!」です。これは決して、グループ・組織・会社を辞めろという意味ではありません。「自分の殻を破れ」という意味で捉えてください。日本ではよく「出る杭は打たれる」と言いますが、これは日本人を象徴しているように感じます。私は、いつでも日本では浮いている存在でしたが、叩かれてもめげずにここまでやってきました。それで良かったとつくづく思えるのは、そうやって出て行った先には必ず良い出会いがあって、自分を受け入れてくれる環境があったということです。常に前進していけば必ず成長はあります。皆さんにも信念をもって、前進していただきたいと思います。

 

岩崎さん、インタビューありがとうございました。

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World Athlete Club Academy 事務局
TEL:03-5829-6130
FAX:03-5829-6153
         http://www.pep-talk.jp
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